今日のはじまりを
人生に迎えたときに
すでに幸せだと感じることができる人と
そうではない人とに
運命をもって
わかれていきます。
つまり
日記を絵日記のように描くことができるくらい
絵心ふまえたハートあたたかな
愛あふれる愛ある文章の流れを
身近にいる人だけでなく
身近にいない人をもふまえたなかで
まごころをシェアできる人柄を
充分に表現できるやわらかさを
持ったなかで
楽しいワードを
あいさつにも気質ふくめて
アウトプットできるなら
あしたというカテゴリーは
身近にさらに感じることができるように人は人として
出来るまでになっていきます。
であるならば
当然という範囲をも
都合よすぎる解釈ではなく
まじまじとよくよく次元を高めたなかで見ることおびえずに出来もして
それではじめて
自分になれたと存在を自らで認めてあげることができます。
人は、分かち合う意味を知ったなかで、切磋琢磨する生きものです。
だからこその自愛とわかる日を迎えたりもできるのです。
自愛とは
自分だけが良かったという輪ではなく
提供の範囲がダイナミックなる幅をもたらす螺旋状になっていくことに
意義を持っているのですから
分かち合う豊かさなる由縁は
あなたを丁寧さにおびえるのではなく
当たり前を当たり前とできてはじめて尺度得る体験と
おとならしいを導きながら
後輩なる存在をとおして
ナチュラルな時間をみるエネルギーに
わずかならぬ日々を弛まないエナジーとして
結論結果へとうごく話となっていきます。
人は、人を、忘れては人として
何を軸としていると言えるのでしょう。
今日の素晴らしいティーチャーなる御縁のひとときを誉れとして
文に未来託したいひとコマです。
愛は、だれもが祈りとして提供する花々にやどる
2024/05/31 茉莉愛
